藍色の研究

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カテゴリ:友人( 29 )


2016年 02月 26日

原信夫氏を囲んで

僕が在団したのリーダーである原信夫氏は、今年で90歳を迎えられます。卒寿、これは凄いことで、お祝いをせねばなりません。
慈恵医大で長く日本のジャズミュージシャンの主治医を買って出て頂いた赤羽先生の主導で、11月にパーティーを開催することになりました。前田憲男、北村英治、ペギー・葉山、阿川泰子(敬称略)他、日本のジャズ会を牽引した方が一同に会します。ごく内輪の会ではありますが、200人にはなるでしょうか。そして#&♭のファイナル・コンサート当時の最終メンバーもステージに控え(僕もその中に入りますが)、かなり豪華な「祝う会」になりそうです。今日はその第一回目の会合を原さんのご自宅近くの広尾で開きました。
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写真右から、原信夫、五十嵐明要(アルト・サックス)、原田忠幸(バリトン・サックス)、赤羽紀武(医学博士)、僕、大原基良(クライテリア社長)、服部セイコーの代表取締役、服部真二氏は所用で途中退席されました。

人数に限りがあるため、こちらの会で招待状を発想いたします。
しかし皆様に朗報です!

11月19日〔土曜)の昼に、浜松アクトホールにおいて、原信夫とシャープス&フラッツの一夜限りの復活コンサートが決定しました。浜松での開催は西日本からも、東日本からも便が良いためベストな選択です。チケットの売り出しは追ってご連絡いたします。
紆余曲折ありましたが、実現できたことを幸せに思います。

by sunrisek6 | 2016-02-26 22:51 | 友人
2016年 02月 20日

同窓会

出身高校は福岡市(博多)の公立高校です。
その高校の同窓会がありました。部活などではなく、同期の同窓会。
一学年に600人弱の生徒数でしたから、3年間一度も同じクラスにならない同窓生も数多くいます。
福岡から東京に居を構えた学友は、殆どが大企業に勤めています。
僕の年齢だと、役付きが多いですね。

実に40年ぶりの再会となりました。
高校時代の僅か一年間の思い出を共有しているに過ぎず、彼らの人生の重要な部分は全く分からないという事実に関わらず、なぜ急に40年間の時が融解するのか不思議なことです。

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この日は27人の参加でしたが、残念ながら集合写真を撮り忘れました。
僕は高校入学直後に落ちこぼれて劣等生として3年間を過ごしましたが、彼らは一流国立大から大手電気会社の研究室の主幹や建設会社の一級建築士です。
自分の人生とそれぞれの人生観を俯瞰し、相手の気持ちを忖度できる歳になってきたのかもしれません。

by sunrisek6 | 2016-02-20 22:30 | 友人
2016年 02月 01日

五十嵐明要氏

五十嵐明要(あきとし)氏は、日本のアルト奏者の至宝です。国宝にしても良いくらいで、冗談めいて聞えるかもしれませんが本気です。
シャープス・アンド・フラッツのリーダー、原信夫さんの90歳記念コンサート〔未定)で発起人を要請されたそうで、そのことについて色々と聞きたいことがあるとの旨。飲みながらゆっくり話そう、ということになりました。
秋葉原で会い、最初はコンサートのことを色々話し合いました。一時間少し経ったところで「よし解った。事務的な話は終わり!ところで〔ジャズのほうは)最近はどうだい?」
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ここからはジャズに関しての、サキソフォンについての貴重なお話をたっぷりと聞くことができました。
即興演奏の構築についても言及され、学生のころに戻り久々にレッスンを受けたような爽快な気持ちになりました。
今現在において僕が考えている様々な音楽的事象にはそれほどの誤りがなく、これを実行に移す鍛錬こそが必要であることを改めて考えた次第です。
五十嵐さんは昭和7年のお生まれ。未だに上手く行かなかったライブの後にはかなり落ち込まれるそうです。この前は「俺はイモだ!」とおっしゃって、周囲を戸惑わせたそうですが、それはそうでしょう。五十嵐さんがイモなら、僕らの立つ瀬はまったくありません。
次回はライブを聴きに行って、できればお手合わせをお願いしたいと思っています。

by sunrisek6 | 2016-02-01 10:19 | 友人
2014年 11月 13日

原信夫氏の米寿を祝う会

シャープス&フラッツのリーダー、原信夫氏は先日もお伝えしましたが今月で88歳になられます。僕が音頭を取り、上は古希を迎えられた谷山忠男氏や五十嵐明要氏を始め、僕からみたら若手のプレーヤーまでシャープス&フラッツにレギュラーとして在籍したミュージシャンに声を掛けました。一人では無理なので数人のミュージシャンにも連絡を取り合ってもらい、21人のジャズマンが集いました。
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幹事は意外と大変で写真を撮るのを忘れていましたが、数枚を公開します。
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アルトサックスの大先輩で現在でも多くを学ぶことができる五十嵐さんに、改めてステージでの気持ちの持ち方などを教えられました。
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最後まで残ったサックスセクション。
アルトが二人、テナーが二人、原田忠幸氏のバリトンを加えて完全にセクションができます。
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原さんも非常に喜んでいただけて、幹事をやった甲斐がありました。
忙しい中にお集まりいただいた皆様に、感謝申し上げます。
原さんはまだお元気ですから、次回は卒寿(90歳)のお祝いをやらねばなりませんね。
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by sunrisek6 | 2014-11-13 22:06 | 友人
2013年 10月 12日

メンテナンス

先月のツアー中に体調不良になり、福山で懇意にしていただいている病院長の検査を受けさせていただいたことは、既に記事としてご紹介しました。
実はその時に副次所見として、肺に小さな影が見つかりました。
最近のCTスキャンは驚くほど精度が上がっています。

まず赤坂見附の前田病院で診察を受けます。
ここには音楽愛好家で、自ら合唱団に籍を置き海外公演もこなす先生がいらっしゃいます。
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ここで福山からのデータCD(最近は情報がCD化されるのですね!)を見て頂きます。
すると先生は循環器の御専門なので、、慈恵会医科大学付属病院の呼吸器内科の先生を紹介してくださいました。
日を改め、御成門にある慈恵医大病院へ行きました。

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診断の結果、がん病巣には見えないとのこと。
このような場合は結核の可能性もあり、それは僕たちの職業として加害者になる立場も考えられるため、自分の年齢を考えて検診を受けるのは義務である、と説教されました。
たまには良い薬です。
この日はCTを撮り、来年の10月にに再度検査予約を撮り帰宅しました。

僕の父は肺癌で他界しているため、全く心配していなかった言えば嘘になります。
また少し違う世界を垣間見たような気がしています。

by sunrisek6 | 2013-10-12 09:06 | 友人
2013年 06月 27日

訃報

福山市は日本でも有数のジャズバンドを有する街です。
人口に対してのビッグバンドの数は日本一だと思われます。
この福山のジャズシーンを長年牽引された桑田隼登氏がご逝去されました。
テナーサックスの名手で、福山のミュージシャンの心の支えであり、トンさんの愛称で誰からも愛される人柄でした。
昨年もお会いしたとき、ジャズを熱く語り、しかいし決して持論を押しつけることはありませんでした。

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僕も個人的に色々とお世話になり、音楽的にも勉強させていただきました。
福山で演奏後は、必ずトンさんのお店「デュオ」を訪ね、数曲でも演奏しました。
新しいやり方がわかった時など、その批評を楽しみにしておりましたが、今年はついにお会いできずじまいでした。
ジャズを正面から見据える尊敬できる先輩を一人失い、大きな喪失感を感じております。
僕も含めて、次の世代がトンさんの遺志を継がねばなりません。
合掌。

by sunrisek6 | 2013-06-27 00:56 | 友人
2012年 05月 19日

訃報

#&♭の名バリトン・サキソフォン奏者、森川信幸氏がご逝去されました。
79歳におなりでした。

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森川さんは音楽的に類い稀な感性を持ったジャズミュージシャンでした。
僕が30歳ぐらいの時に#&♭でリードを吹いていた時、非常に大事なことを教わりました。
例えばそれはNHKの番組の収録で「Don't Be That Way」を吹いた時。
ジャズの8分音符には曲調によってバウンスの微妙なタイムが異なること。
今でもそのアドヴァイスは音楽を作る上で大きな助けになっています。
また上手く吹いても、それがジャズである必要を説かれていました。
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楽譜も強く、フィンガリングやタンギングなど当時若かった僕らより数段上のテクニックをお持ちでした。
バリトンサックスはリズムセクションから最も遠い位置にあるのですが、決して遅れることはありません。
音楽が暖かく、またアンサンブルも抜群だったのです。
サキソフォンの弱点に不安定なピッチという側面がありましたが、森川さんがピッチを外すことはまず皆無と言って良いでしょう。
僕は441と442のピッチを正確に吹き分けたことを目撃しています。
そして後輩には優しく、決して自分の我を通す方ではありませんでした。
スタジオの仕事など、おやりになれば完璧だったと思いますが、本人はお嫌いでした。
お金を稼ぐことには無頓着でした。
#&♭に在籍した若手が、自分から音楽的な何かを吸収することを最も喜びとされていました。
また良いお酒をお飲みになりました。
飲むとますます優しくなりました。
楽器のサウンドは実に魅力的でした。
#&♭の全盛期のアンサンブルはトップノートをお兄様の森川周三さん(故人)、ボトムノートが森川信幸さんが担当したからこそ他のバンドでは成し得ないサウンドを作ったものと確信しております。
実はアルトサックスの音色も凄かった。
僕は何度も森川さんに自分の音を聴いてもらい、指示を仰ぎました。
大概は良いとしか言ってはくれませんでしたが。
しかしこのところ少しそのサウンドに近づいたかな、とも思います。
もう聴いてはいただけません。

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森川さん、いやノブさんはいつまでも語り継がれる日本の名演奏家の一人であることは間違えありません。
ノブさんのことを書き始めるとキリがないので、この辺りで筆を置きます。
最大の感謝を込めて、ご冥福をお祈りします。
今ごろはモっさん(森川周三さん)とご兄弟でお好きな日本酒を酌み交わしていらっしゃるのではないでしょうか。

お通夜、20日(日)18:00,
告別式21日(月)11:00。
カルチャーパビリオン 平安祭典 高円寺会館
東京都杉並区高円寺北2-1-7
電話 03-3339-1101

by sunrisek6 | 2012-05-19 01:01 | 友人
2011年 11月 11日

最近の事

5日は新宿パークハイアットでの演奏。
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演奏は実に上手く行っていたのですが、途中で貧血気味になり冷や汗が。
止むなく一曲休ませてもらいました。
原因は前夜のお酒。
少し量が多かったようで、深く反省し本番の前日は控えることを肝に銘じます。
あまり信用はありませんが。

6日は一日中ホームレッスン。
皆さん熱心で、あっという間に半日が終わります。

7日は博多へ。
父の13回忌。
早いものです。
存命していれば94歳でした。
僕がこの道へ進んだのも、父が小学校の卒業祝いに買い与えてくれたベークライト製のクラリネットがきっかけです。
夕方に博多へ到着後、高校の友人と会いました。
中には38年ぶりにやっと会えた仲間もいて、久しぶりに博多弁が出ます。
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翌日8日は法事です。
福岡市(博多は福岡市の古い呼び方であると同時に、川向うの城下町を指します。)の中心地にある安国寺という曹洞宗のお寺です。
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無事に法要も終わり、フルートのレッスンを受けに出かけます。
芸大時代の同窓生である疋田美沙子氏へ師事しています。
今回のレッスンは非常に有意義で勉強になりました。
レッスンを受けることでフルートの方向性と客観性が明確になることのほかに、自らがレッスンをする時の大きな指針ともなり得ます。
彼女は来月アジアフルート教会の理事として、東京で演奏します。
来年には品川へ居を構えらられるため、これからもレッスンンを受けることができます。

9日に帰宅後、13日シビックホールにおけるコンサートの譜面を作ります。
#&♭としての演奏ですが、サックスセクションは大幅に入れ替わり。
博多に滞在中に原信夫氏から、バリトンサックスの森川信幸氏の入院を告げられました。
色々とやらねばならないことがあります。

10日はその関係で3rdアルトを担当してくれる土井徳浩君に池袋の喫茶店で待ち合わせ。
45分ほど掛けて曲の説明。
リハーサルは12日ですが、彼もたくさんのことを練習せねばならず気の毒です。
しかし屹度上手くやってくれるでしょう。
その間に仙台の奥田会長から14日の復興支援の打ち合わせの連絡。
どうも急遽行き先が変るらしい。
僕たちはどこにでも行くつもりです。

土井君と分かれ、その足で銀座へ。
来月7日に行われるヴォーカルの宮尾香代さんのディナーショーの打ち合わせ。
JCBという会社の幹部をやっていらっしゃる水上さんが主宰者です。
宮尾香代氏を中心にコンサートの概要を打ち合わせ中に、共演する能楽師の大蔵正太郎氏も合流。
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氏は主に鼓でジャンルを超えた活動をされる能楽師です。
銀座から会場の原宿へ。
表参道沿いのフランス料理のレストランの地下ホール。
音響などをチェックし、ステージの配置を決めました。
その後4人で食事をしながら歓談。
特に大蔵氏の能楽の講義が楽しい。
このところ能楽に触れる機会が多かったのですが、まさか本物の能楽師から直接話を伺えるとは思いません。

久々にライブ以外のドキュメントをお伝えしました。

by sunrisek6 | 2011-11-11 10:34 | 友人
2011年 10月 15日

同窓会

2年ぶりの同窓会。
東京芸大管楽器専攻の同窓生が13人集まりました。
多忙なために一人先に帰ったため、写真は12人です。
僕たちの代は30人程ですから、これは高い出席率と言えるでしょう。
福岡、広島、高松から来た友達もいます。
中には卒業して以来、初めて会う同窓生も。
何と32年ぶりの再会です。

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あっという間に学生時代へと遡って行きます。
皆それぞれ異なった人生を送ってきたのに、不思議とあの頃に戻ることができます。

そして全員が音楽に携わっています。
演奏家もいれば、教師もいます。
これは素晴らしいことだと思いました。
同窓生の、今後の活躍と健康を祈らずにはいられません。

by sunrisek6 | 2011-10-15 00:15 | 友人
2011年 05月 25日

前橋と田町で

月に一度、前橋の中島楽器へ行っています。
レッスンと楽器の調整(問題があれば)ですが、夜は中島社長と飲みに行きます。
まはや楽器業者と演奏家の関係ではなく、何でも話せる友人です。

この夜は被災地の学校へ、無料の楽器メンテナンスをやって貰えないか尋ねました。
中島社長は、ふたつ返事でOK.
リペアーを二人も連れて仙台へ行くことを了解してくれました。

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この話を仙台奥田建設の奥田会長に打診したところ、非常に喜んでもらえました。
僕は無料クリニックということで一緒に行くつもりです。
日取りは難しい。
学生は平日は授業で時間がとれません。
決して忙しいとは言えない僕も、土日は仕事が入っています。
もしかしたら夏休み以降になるかもしれません。

まあ、とにかくそんな話で大いに楽しみお酒も進んでしまった訳です。

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朝方は雨も残っていたのですが、ホテルから群馬の山々を眺めると美しい。
二日酔いの頭も少しはっきりし、今日は飲まないぞ~と思ったりもします。

一旦帰宅すると、この29日被災地コンサートのための仙台行の切符が5人分届きました。
ドラムスの村上寛さんに、電話連絡してどこかで切符の受け渡しができないか打診。
僕は東北新幹線の乗車駅が大宮なので、寛さんに皆の分を持っていて貰おうという、むしの良いことを考えたからです
目白のa-noteのレッスン終了後に、寛さんと田町駅で会いました。

切符を改札口でお渡しするだけの予定でしたが、最近の改札は人の手と手が届かないのですね。
一旦出て握手すると、どちらからともなく「軽く一杯いきましょうか」ということに。

実は寛さんは、僕の大尊敬するドラマーなのです。
JAZZに対する姿勢を聞いていると、自分がまだまだその高さに到達していないことがわかります。
しかし一緒に飲むのは、実にありがたく嬉しいことなのです。
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考えてみたら、物凄いピアニストのお気に入りドラマーです。
ケイ赤城氏、佐藤允彦氏、故本田竹広氏、そして穐吉敏子氏。
またまた飲み過ぎて大宮の駅の階段を半分ぐらい落っこちました。
背中から滑って行ったのですが、なかなか楽しい経験です。
周りの人たちから「大丈夫ですか」と声を掛けられ、恥ずかしいながら、日本の若者も捨てたもんじゃないなどと考えたりしました。
楽器も身体も無事です。
非常に楽しい二日間でした。

by sunrisek6 | 2011-05-25 18:20 | 友人